【ビビット】中学受験のための学校欠席の是非についての”夜回り先生”のコメントに不快感〜なぜ日本は「横並び」が是とされるのか!?

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はじめに書いておきます。

ボクは小学校を欠席したことがありません。

それを誉なことと思うか、取るに足らないことと思うかは人それぞれだと思いますが、ボクにとって「皆勤賞」というものは特別なもののひとつでした。

さて、今回は題名の通り朝の情報番組で取り上げられたワントピック、「中学受験のための学校欠席の是非」について、皆勤賞を大事にししてきたボクが語ります。

中学受験のために学校を欠席することは卑怯?

【受験本番】クラスは欠席急増!私立中学受験のために小6“学級崩壊”…母の思いは「インフルエンザ対策で」

(番組公式ページより)

今日、2月2日放送分の「ビビット」の中でこの様な話題が取り上げられました。

公立中学に進むのではなく、将来を見据え受験戦争を戦う道を選んだ小学生たちが様々な理由から小学校を欠席するというケースが増えているという話に対してコメンテーターたちが意見を交わしました。

中学受験はボクも経験しましたが、ほとんどの子供達は塾に通い受験に備えると思います。

まだまだ「子供」という年齢である小学生が過酷な受験戦争に身を投じることそれ自体も議論の余地がある中、受験に万全を期すため、小学校を欠席するという考え方に疑問が投げかけられた形です。

このテーマに対して、”夜回り先生”の愛称でも有名な水谷修氏がかなり極端な意見を述べた様に感じました。

「休む生徒は卑怯者だ」

強い口調で、強い語句を選んでの主張に「またか」と思ったのはボクだけではないと思います。

どうも夜回り先生、ビビットに出る様になってから発言が極端で、且つ説教じみている様に思います。

なんか、何にでも否定的に強い口調で言い放てば自分のキャラができるとでも思っているのか?と勘ぐってしまう位そういう傾向を感じます。

果たして、受験に備えて学校を休むことは”卑怯”なのでしょうか?

水谷氏の論理

すみません。

録画していたわけではないので記憶を元に水谷氏の意見を自分なりの解釈でまとめます。

  • 小学校は義務教育で皆、平等に行く義務がある。
  • それを、受験があるからと休むのは、「真面目に」義務を果たしている生徒との対比で”卑怯”な行為に当たる。
  • 同じ土俵で戦ってこその受験戦争なのだから”卑怯”にも義務教育を放棄することなく、正々堂々と戦え。

こんな感じです。

言いたいことはわかります。

わかるのですが、”卑怯者”と切り捨てるのは〜うん、「行き過ぎ」だと感じます。ボクは。

VTRでは関西の難関校、「灘中学」の意見として、小学校での生活も「見なければならない一要素」とし、あまりに欠席が目立つ生徒の受験はお断りするかもしれない、というものを紹介していましたが、これは恐らく著しい欠席日数(つまり、高校だと進級に差し支えるレベル)の場合の話だと思いますし、常識的な範囲での欠席が影響するというトーンではないなと感じました。

要するに、多くの中学はきっと受験に備えての数日の欠席については問題視していないだろうという印象です。

卑怯者の意味

勇気がなく、物事に正面から取り組もうとしないこと。正々堂々としていないこと。また、そのさま。

デジタル大辞泉

ところで”卑怯者”とはこういう意味です。

VTRで欠席についてのコメントを求められた保護者の一人が、「学校に行くことで病気をもらう懸念がある」と、我が子を欠席させる理由を説明しました。

入学試験はその日一度の戦いで、その日に頭痛であれ、生理であれ、インフルエンザであれ、待ってもらえません。

どれくらいの数いるのかわかりませんが、不幸にも試験当日にそういった体調不良に見舞われた生徒は毎年少なからずいて、”その一人”にならないために最善の策を講じたい想いは当然だと感じます。

これを、「勇気がなく」「正面から取り組もうとしない」という見方をできるのでしょうか?

みんなが横並びで画一的でなければならないという日本の悪しき風習

多分、

夜回り先生は考えが古すぎるんだと思います。

新しいものが必ずしもいいということではありませんが、古いものに固執するのは滑稽

その論点に話を持って行くなら、日本の「画一的」であることをよしとする風習が今回のキーポイントなのかもしれません。

制服や身だしなみに関する校則は、学校の思想に基づく「模範的」とされる範疇に全在校生を押し込むものです。

もちろん、ある程度の物差しがないと若い生徒たちは拡散してしまい、道を見失う可能性が高いため、指標を示し、導くことは大事です。

しかし、日本の校則の縛りっぷりは多くの学校で「やりすぎ」だと、ボクは常々感じてしまいます。

日本で育った人たちはそれが「普通」だからなんとも思わないのかもしれませんが、強制的に個性を消し、潰し、「みんなが横並びで同じ」であることに価値を置く姿勢に、ボクは疑問を抱かずにいられません。

日本人ってそうじゃないですか?

「みんながするから」→「自分もする」

これ。

水谷氏はこれを美徳と感じているのではないかと思います。

だから、みんなが学校に通うのだから、一人欠けることなく学校に通い、同じ条件の下受験に挑むのが「正しい」と主張するんだと思います。

その「正しい」状態から外れ、他の生徒と違う動きをしようとする者は、”卑怯者”であり、”糾弾されるべき対象”だと声高に唱えます。

ボクはこの論を聞いていてただただ不快でした。

受験に挑む生徒は横並びではない

受験上のルールはただ一つ。

テストの点で上位の者が入学を許される。(※)

このルール上で勝てば目的達成、負ければ失敗。

受験ってそれだけじゃないかと思います。

また、仮に受験に失敗したところでそれがこの世の終わりでもないです。

「じゃあ小学校で習うことだけを試験に出せば」というのは国分太一さんのコメントでしたが、そうなんですよね、まさに。

普通に小学校に通っている中で習う勉強だけでは受験に勝てないのが今の中学受験です。

だからほとんどの中学受験予定者は塾に通います。

が、よく考えてください。

塾はお金がかかります。

家庭の財政状況によっては子供に塾通いをさせる余裕がない場合もありますよね。

とすれば、塾代を出せる家庭の子供が有利で、財政的余裕のない家庭の子は不利、そうなりませんか?

つまり、そもそもから受験なんか万人に同じ条件ではないのです。

そんな実情を踏まえて、受験を戦う子供、その親たちはあの手この手で受験に勝とうと知恵を絞り、頑張るのではないでしょうか?

確かに、学校を休むというのはそれ単体で見たら褒められたことではないと思います。

最初に書いた通り、ボク自身が学校に毎日通うことを大事にしていたひとりなので、病気や怪我、法事などの止むを得ない理由以外で学校を休むことに関しては、「登校する方がいい」と思っています。

しかし、それがその受験生やその家族が見付け出した「勝つための手段」が学校を欠席し、受験に備えることなのだとしたら、それを単純に、そして画一的に”卑怯者”と切り捨てるのはいささか浅はかに思えます。

そして、もっというならば、仮にそれが卑怯な手段だったとしても、結果、勝った者が勝者であり、この世の中、勝者が「正義」なのです。

※受験においてテストの点数以外の要素も考慮し合否を決める学校もあると思いますが原則こういう認識だ、という意味で。

出る杭が打たれるなら、杭なんかやめたらいい

日本のことわざに「出る杭は打たれる」というものがありますね。

『才能・手腕があってぬきんでている人は、とかく人から憎まれる』という意味のことわざですが、他と揃っていないと”揃えさせられる”というのが日本の伝統の様です。

目立つとダメ、他と違うことをしたらダメ。みんな一緒に仲良くね。

こんなんだから日本はつまらない国になってしまうんです。

だからボクはいつも言います。

「出る杭が打たれるなら、杭なんかやめたらいいじゃないか」

そう、そもそも、杭である必要なんかないんです。

義務教育である小学校は、日本に住む以上通うのが義務です。

それに逆らうつもりはありません。

しかし、ルールの範囲内で欠席することは”あり”でしょう。

野球で言えば、2ストライクまではアウトじゃないのと同じ

サッカーで言えば、イエローカード1枚で退場しないのと一緒。

どの日を欠席するかを戦略的に考え、それ以外の日を健康で出席できる様に調整するのが生徒側の義務。

これらはルール上全く問題ないと思いませんか?

それでも、”卑怯者”呼ばわりされてしまうなら、もう杭である意味なんかないと思うのです。

今回の水谷氏の”卑怯者”呼ばわりは、サッカーでイエローカードを食らう様なディフェンスをした選手に対して、

「”卑怯者”、競技者としてあるまじき下劣な行為で許せない!」

と言っている様なものです。

確かに過剰なタックルなどのファウルは褒められたものではありませんが、1試合中に1度のイエローカード級のファウルはルール上認められています。なのに、もしこんな風に声を荒げるサッカーファンを名乗る人がいたら、他のサッカーファンは首を傾げ、不快感を抱くと思います。

結論

ボクは、今回の話題の様に受験を控え、受験のために学校をルールの範囲内で欠席するということについては”卑怯”とも思いませんし、正当に理解されるべき範疇にあると思います。

それに対して今回の水谷氏の言い分は古くて、そして歪んだ考え方だと感じました。

そもそもの学校を欠席することだったり、中学受験の是非については別問題として、「受験戦争を戦う一つの戦略」としての学校欠席を”卑怯者”とドヤ顔で語る水谷氏に直感的に不快感しか湧かず、どうしてそう感じたのか自分の考えをまとめる意味も含め、記事にしようと思いました。

外野が色々言うのも受験の醍醐味のひとつかもしれません。

受験生の皆様は、体調管理も受験の一要素と思って、ベストコンディションで試験が受けられる様頑張ってください!

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書いてる人
シアトル生まれ、大阪育ち。第一言語は大阪弁。現在は日米行ったり来たり。EXSでは、留学や国際交流プログラムの企画を軸にキャリア支援、ライフプランニング事業を展開。フォトグラファー&心理家としても活動中。大阪に写真ギャラリーあり。主に風景と人物を撮っています。撮影依頼気軽にどうぞ!
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