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ワクワクするにはリスクがついてくる?「プロスペクト理論」をヒントに考えてみた!【前編】

こんにちは。常にワクワクするコトを探しながら生きているLeoです!

ワクワクするコトはみなさんも大好きだと思います。

今大人気のあの幼女もワクワクが大好きですが、ワクワクを得るためにはリスクがともなうことも多いので、誰もが積極的にワクワクを追いもとめられないのかなーと思います。

(わくわくっ)

今回の記事は、「プロスペクト理論」という、行動経済学者が導き出した理論を紹介しながら、ワクワク生きること、そしてリスクとの関わり方、について語っていきたいと思います。

ワクワクはしたいけど、、、リスクを感じてしまう

「日本人は〜」という言い方は避けたいとは思うのですが、日本の教育現場では、”石橋を叩いて渡る”というか、”冒険するより手堅く”という考え方が優先されているように感じることが多いです。

例えば、公立中学の三年生に対する進路相談の場では、「ここなら確実に受かる」という学校を勧める先生が多いと思っています。生徒がよほどの情熱や理由(事情)を持っていない限り、先生としては万が一の失敗を招いてはいけないと考えるため、失敗しない道に誘うのだと思います。

結果的に受験に大失敗する苦しみからは免れられる可能性が高いので、完全にダメというわけではないのですが、より高みを目指すというか、その子の将来性を最大化させるために、少し背伸びでも、もう一個上を目指すような提案をすることも大事ではないかと思うのですが、みなさんどう思いますか?

ワクワクするために、必ず痛みが伴う、ということはありません。

しかし、どうしたらワクワクできるのか?を考えた時、新しいことに挑戦するとか、100%の確証がないことでもやってみること、未知の何かに飛び込むことなどを想像します。

例1)安定のレストラン

例えば、もう何度も足を運んでいるレストランで、安定に美味しいと思うメニューを食べることは、不味くてガッカリする可能性を限りなくゼロにしますが、どうでしょう?ワクワクを感じますか?

逆に、いつも気になってたけど、口コミもあまり見つけられないし、窓が小さくて中が見えない、みたいなお店があるとします。なんとなく気になるし、メニューを見る限り興味深く感じるラインナップです。食べてみたいなー、どんなだろーと思う感情の中には、美味しくなかったら嫌だな、という不安感も混じっていると思いますが、好奇心やもしかしたら超素晴らしい店かも知れないという期待感でワクワクを感じるシチュエーションではないかと思います。当然、食べ物が運ばれてくる時、最初の一口を食べるときにワクワクは増大するはずですが、直後に何が待っているかは良い方と悪い方の可能性に大きな差を秘めています。つまり、めっちゃ美味しい!となる可能性と、うぁあ、失敗やーとなる可能性です。

安定、安心、安全を求めるなら、いつもの店に行くべきですが、そこにきっとワクワクはありません。

あなたはどちらを好みますか?

もしかしたら安定のいつものお店の方が票を集めるかも知れませんが、それに日本の教育現場でのスタイルが関係しているかは証明できていません。とはいえ、思考パターンに染み付いているのかなーとは思います。

例2)飛行機に乗るのが恐い

こちらの例はどうでしょう?

全然気にしないという人もいると思いますが、ボクが海外研修プログラムの説明会に出向く時、ほぼ100%言われることがあって、それが「飛行機って絶対落ちないですか?」というような、飛行機で海外へ移動することへの不安に関係する質問です。

ボクは飛行機を作る人でも操縦する人でもないですが、その安全性には信頼を置いていて、旅客機製造の大手である米・ボーイング社の工場見学ツアーにも何十回も行っているため、理論的な視点からも安全だと感じているし、これまでおそらく500回以上の飛行機移動を経験しているけど墜落した経験はまだないことも含め、墜落事故に遭う心配はしません。

実際、飛行機に乗って死亡事故に遭う確率は自動車に乗って死亡事故に遭う確率と比べて33分の1以下であるとの調査結果も報告されています。ちなみに、その確率は自動車事故でも0.03%とされていますので、毎日自動車に乗ったとして、9年ちょっとに1回の確率になります。みなさんは、車に乗られる時、自分が運転手だとしても、それ以外だとしても、「もしかしたらこの乗車で死んじゃうかも」って思いながら乗っていますか?ほぼ誰もそう思っていないはずです。そんな自動車の事故遭遇率の33倍事故に遭わないはずの飛行機なのに、たくさんの人が「ちょっと恐い」以上の不安を持ってしまうのは何故でしょうか?

得ることよりも、失う方が大きく評価されてしまう

ここで出てくるのが、プロスペクト理論です。

このキーワードでググると、たくさんの関数みたいなグラフが出てくると思うのですが、ボクも説明用に書いてみました。

もう少し極端に描いてもよかったかも知れませんが、わかりますでしょうか?下に向かう矢印も、上に向かう矢印もともに1.5の位置のものですが、その長さが全然違います。

このグラフで示しているのは、人の感覚的な”歪み”です。

例えば、表示されている数字を1=10,000円とした場合、10,000円をゲットした場合の満足(喜び)と、10,000円を失ってしまう時の不満(悲しみ、苦しみ)は、動く金額はそれぞれ等しく10,000円なのに、体感では失う方が圧倒的にデカくなります。

このため、人は、失敗した時(失う時)のことを想像して、得られることの大きさに比べて、体感的により大きなダメージと感じて積極的になれない、恐れてしまうのです。

なぜ「当たるわけない」宝くじを買うのか?

宝くじを買われたことってありますか?

ボクは小心者なんで、昔一回だけ、「行列ができる有名売り場」で10枚パックを買ったきり、宝くじを購入したことはありません。

一攫千金の夢が詰まった宝くじ

宝くじを買うとき、多くの人が「当たるわけない」とわかっていながら買うはずです。

そーやで、当たるわけないやん

確率だけの話ですが、2021年の年末ジャンボ宝くじの当選確率は「2,000万分の1」だったそうです。

_人人人人人人人人人人人人人人人_
> 当たるわけねーーーーーー! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

仮にこの確率が2000分の1だったとしても、そうそう当たる気しませんよね?

大きめの観光バスの定員が50人ちょっとなので、40台に乗ったのが2,000人ですよ。この中の1人を引き当てるとイメージすると2000分の1がかなり難しいことが感じられるのではないでしょうか。そして宝くじの1等が当たる確率はその10,000倍です。本当に、当たるわけねーーー!ですよね。

先ほど説明したプロスペクト理論的にも、当たらずに掛け金を失う可能性を大きく評価してしまうはずですから、なおさら、この当たるわけねーくじを買う人がいることを謎に感じますよね?

”歪み”の仕業で認識がズレていく

先ほどのグラフでは、「1」得ることから得られる満足よりも、「1」失うことで感じるネガティブな感情の方が大きいことを示しましたが、一般的にこの差は、2倍とも、2.25倍とも言われていて、かなり大きな差がある様です。

そしてそれは、認識の”歪み”の仕業です。

誰でも一度は、「10億当たったらにする?」という様な妄想話をしたことがあると思います。

10億当たったら何する?

え、まず世界一周旅行して〜・・・

あれ買って〜、これも買って〜、えっとえっと・・・・

想像つかねーぜ

10億あれば、想像もつかないことができそうですよね?

そう、想像を超える領域にあることがポイントなんです。

例えば、宝くじの1等が100万円くらいなら、人によってはローンの返済に充てて一瞬で消える、とか、家族で海外旅行に行ってちょっとだけ贅沢するレベル、と感じる額ですよね。

それくらいだと現実的すぎて、”歪み”が起きにくいのですが、7億とか、10億だと正確にその大きさを把握できなくなってしまうのです。

そのため、失った場合のリスクと得られるチャンスとの価値判断がバグってしまうのです。

年末ジャンボの場合、3,000円買えば、300円分は絶対当たるので、最大損失額は2,700円になります。これを何セット買うかで投資額が増えていくわけですが、買うときに心の中で、どこまで失っても耐えられるか?ということを相談します。

2,700円が上限なのか、27,000円くらい最悪無くなっても夢を買いたいのか、みたいな話です。

先ほどの飛行機に不安を持つケースを再登場させましょう。

統計では車に乗って事故に遭う確率の方が断然高いのに、車に乗るときは恐れておらず、逆に飛行機の時は恐いのはなぜか?

これはおそらく、飛行機事故の規模が関係しています。

生還する人もいるかも知れませんが、飛行機が墜落すると、何百という乗客が死傷し、墜落する場所にもよりますが、地獄のような場面が生まれる想像もできますよね。

もちろん車で事故に遭っても怪我はするし、死ぬことも十分あり得るし、血も出るし、燃えるかも知れませんし、大惨事が引き起こされます。しかし、多くの自動車事故は死傷者一桁人程度と思っている人が多いと思います。車はそこそこ壊れても、絶対炎上するイメージもないと思います。

だから、大変な事故だとはわかっていても、なんとなくイメージ的に、そこまでの大惨事が必ず起こると底の方では感じていないため、それに対して、未曾有の大惨事、自分は100%死ぬだろうと感じる飛行機事故が想像を超える世界で、一度飛行機事故に遭ってしまったら、絶対生還できず、可能性がどれだけ低いと言われても、”もし”のことを大きく評価してしまうのです。

言い換えると、実際に遭ってみるとかなり苦しいはずの自動車事故は過小評価されていて、「ゆうて、自分はかすり傷とか、悪くても骨折くらいで生き残れる」様な想像をしてしまうのです。

宝くじも、「当たるわけねー」と心の底では思っているはずなのですが、当たった時の世界が想像を超えている領域なので、”もし”をとても大きく評価して、

でもさ、22人は7億当たるんやろ?俺がそれでもおかしくはないやで??

こんな感じの心理になるのです。

リスクを冒さないことはリスクなのか?

ではここで、「日本人は〜」になっちゃう、ボクが感じる日本の方の思考パターンについて、「保守的であると感じる」件について掘っていきましょう。

石橋叩いて渡り、なるべく失敗しない生き方を教えられる(とボクは思っている)日本の教育。

公務員が結婚相手として人気な理由は、「リストラがない」、「倒産しない」などが挙げられますが、最近では、バブル期に言われていた「3高」、つまり、「高学歴」、「高収入」、「高身長」という結婚相手に求めるステータスが、令和時代には、「4低」という、「低姿勢」、「低燃費」、「低依存」、「低リスク」に変わった話も興味深いです。

4低が人気という令和ジャパン

誰もが失敗したくて何かに取り組むことはしないと思います。

例え偉い人が、「失敗は成功のもと」と言っていたとしても、不本意ながら失敗を経験してしまった場合の心の持ち様であり、最初から失敗を目指すわけじゃないですよね。

その上で、

「失敗してもいい、チャレンジしよう!」

と考えるか、

「なるべく失敗しないように、挑戦は最小限で」

と考えるかです。

4低では、高学歴や高収入は求めない、”平均くらいでいい”から、偉そうにしないでくれよ?家事とか育児とか、参加しろよ?という感じの考え方になっています。高身長のイケメンは、浮気するかも知れないけど、フツーーーか、もしくはちょっと平均を下回るくらいの人ならその心配が減って、平穏が訪れます。高収入の場合、大きな会社に勤めているかも知れませんし、IT系とか、ベンチャーとか、夢があるかも知れませんが、急な倒産とか、業績悪化の心配、つまりリスクがついてまわるため、もう、フツーーーのサラリーマンや公務員でいいから、生活できる平均的な収入でいいから、まさかのリストラや、倒産の危険を感じず過ごしたい、そういうことです。

また、高収入ということは仕事人間になってしまうかも知れず、家のことは任せきりということも想像できますよね。いやいや、もう仕事はきっちり8時間やってきて、さっさと帰ってこい、と。家のことやってくれよ、子育てしろよ、という感じです。

バブル期には日本人も違った思考パターンを持っていたかも知れませんが、逆にバブルが弾けた後の永遠に続くこの不況の中に育った人たちは、”そういうこともあるし”、とにかく平均、フツーーーでいいからリスクと遠いところで生きましょう、という考え方を持ってしまったのかも知れません。

繰り返しますが、これがダメ、とまでは言っていません。

ただ、ボクは、少なくとも、その考え方、生き方では、「ワクワクから遠ざかる」という理由から、”そちら側”で生きられないな、と思っています。

プロスペクト理論の解説

さて、それでは、順序が後回しになってしまいましたが、ここで改めて、プロスペクト理論について解説(紹介)したいと思います。。

プロスペクト理論とは

1979年に行動経済学者のD・カーネマンとA・トベルスキーによって提唱された「プロスペクト理論」(Prospect Theroy)は、人が意思決定を行う際のモデルで、人が何かを決定する時に、色々な条件を吟味している中で、「プロスペクト」、日本語にすると、「期待」「予想」といった感情だったり感覚の介入があり、それによって合理的な予測から”歪み”が生じてしまうという感じの理論です。

MLB(アメリカのプロ野球リーグ)では、まだ将来の活躍が期待される「有望株」のことをプロスペクトと呼びます。

簡単に言い換えるなら、「経済学」x「心理学」みたいな感じでしょうか。

経済学では統計や数学もたくさん出てきますが、これらは固定された結果が出ます。例えば、日本人の平均月収は460万円だ、という数字は、調査された事実を正確に示しています。これに対して、果たしてその460万円で日本人は幸せなのか?という問いについては、数値化する際に色々な心の動きが関わってきて、結果が変動する場合が多いはずです。

経済学においては、「人は合理的な意思決定をする」という前提で世界を見るのに対し、行動経済学では、一見合理的ではない、人の行動(経済活動)について考えます。調査により得られた数値では説明できないような現象、人の動きを研究するわけですね。

プロスペクト理論はそんな行動経済学の理論です。

宝くじと「期待値」

宝くじも含め、賭け事の場では、「期待値」という言葉がよく出てきます。先ほどから宝くじを例に使っていますが、ひと口買った時に、平均いくら当たるか?を数字にしたのが期待値です。ギャンブルの場合、この数字がデカいほど、やってみて損はしない感じになります。

当選金 本数
1等 10,000円 1本
2等 3,000円 2本
3等 1,000円 3本
4等 500円 4本
5等 100円 40本

こんな感じのくじの場合、賞金総額25,000円に対して50本あるので「25,000 ÷ 50」という計算式で期待値は500円を導き出します。このくじ引きがひと口1,000円なら、50%の還元率になります。年末ジャンボ宝くじは50%を少し下回る期待値(還元率)だそうですが、日本の法律では還元率で50%を超えてはいけないらしいことと、宝くじで得られた利益はなんかいいことに使ってるらしいのでこの確率については議論しないとしましょう。

3つの言葉を追加して、さらに詳しくプロスペクト理論を解説していきます。

プロスペクト理論と「損失回避性」

ここまでの話でプロスペクト理論がしっくり来たという方はここまで読み飛ばしていただいてもいいかも知れませんが、ちょっとわかりにくいな、という人は、「損失回避性」という言葉を加えてもう少し解説しますね。

損失回避性とは、人は、「得られること」からくる満足より、同等の「損失」に与えあれる苦痛の方が大きく受け取ってしまうという心理現象のこと

いろんな偉い人がおっしゃるところによると、この、「得る満足(喜び)」vs「失う苦痛(悲しみ)」は、2倍以上の差があるらしく、

つまり、

二万円ゲットする満足と二万円失う辛さを比べた場合、体感では、二万円ゲットvs四万円ロストとなってしまう感じですよね。

しっくりきます?

来ない方は、ちょっと例示としてゲームに参加してみてもらいましょうか。

賞金がもらえるゲーム

みなさん、突然謎の紳士が現れて、こんなゲームを持ちかけられたらどうしますか?

サイコロを振って、「1」が出たら30,000円差し上げます。他の目だったらハズレで何も差し上げません。

もしくは、ゲームなしで5,000円差し上げます。

まあ、怪しさしかないんですが、そこは無視して、考えてください。

やるだけはタダです。ハズレても損失ゼロです。やらない理由が見当たりません。

そんな機会、あなたならどっちを選びますか?

この選択肢の場合、多くの人がノーゲームで5,000円確定でもらえる方を選ぶはずなんです。

では、こっちならどうでしょう?

罰金が確定したゲーム

ヨォあんた、サイコロ投げぇや。「1以外」が出たら悪いけど30,000円もらうわ。「1」出せたら今日は勘弁したるな。

それか、サイコロやらんとサクッと5,000円置いてってもええんや。どっちがええ?

普通にただのカツアゲなんですけど、残念ながら遭遇してしまいました。

どうでしょう?

こちらの場合、多くの方が、サイコロを振るはずなのです。

なんで?

これがプロスペクト理論で説明される面白い話で、紳士とのゲームも、絡んできたにーやんとのゲームでも、「期待値」は、30,000 ÷ 6で、5,000円なんです。つまり、ゲームをした場合にもらえる/払わなければならない額と、ゲームなしでもらえる/払わなければならない額は期待値で見た時同じなんです。

共に「1/6」というレートでゲームが用意されています。

サイコロで思った目を出せる可能性は結構低いことをみなさんもご存知と思いますが、「もらう」というシーンでは、取りっぱぐれしてしまうより、30,000円と比べて見劣りしても、確実に5,000円もらっておこうという心理が働きやすくなります。

一方で、人は、失う時は”ワンチャン”にかけて回避したい、と思ってしまいます。

そもそもにーやんに絡まれたくないんですが、絡まれてしまった場合、確定で5,000円払うより、「5/6」の確率で30,000円払うとしても、1/6の奇跡に賭けたいってなっちゃうのです。

つまり、人は、得ることよりも、失うことを恐れる心理を持っているということです。

プロスペクト理論と「感応度逓減性」

いろんな言葉が出てきて逆に謎が深まっていたら申し訳ありませんが、今度は、「感応度逓減性」(てんげんせい)というワードを使います。

感応度逓減性とは、得ること、失うことの絶対値が大きくなればなるほど、その満足・喜び、そして苦痛・悲しさなどの付随する感覚が鈍くなっていく現象のこと

まあわかりますよね、例えば、

月収300万円の人がボーナスで10万円もらうのと、月収10万円の人が同じく10万円もらうのとではテンションの上がり方が違います。

逆に、月収300万円の人が10万円なくした時と、月収10万円の人が10万円なくした場合の終わった感の違いです。

別の例で説明すると、

コロナ給付金のような感じで、急に「10万円支給します」ともらった後、「さらに10万円支給します」という場合、最初の10万円を受給した喜びが追加の10万円では同等ではない感じです。

人って贅沢に上限がないですからね。。。

プロスペクト理論と「参照点依存性」

上記の2つに加え、「参照点依存性」と言う心理作用もプロスペクト理論を構成しているいち要素です。

参照点依存性とは、人が何かを選ぶとき、絶対的な基準があるわけではなく、状況・環境によって基準となるスタート地点が異な理、判断基準が違ってくるという性質のこと

よく、「ここまできたら誤差の範囲」みたいな言い方をしますが、例えば、車を買うときに、1万円のオプションをつけることに躊躇する人は少ないはずです。だって車自体が200万円とか300万円とか既に1万円を超越する出費になっているので、今更1万円増えても、まさに誤差です。でも、車をしばらく乗った後に、1万円の追加装備を買うかどうか、となった場合は迷う人が増えるのではないでしょうか?

同様に、ゲットの方の場面でも、例えばお年玉で既に10万円近く集めている子供が、近くに住むお兄さんに1,000円のお年玉をもらってもそんなにテンション上がらないかも知れません(ありがとうは言いましょう!)が、なんでもないときに突然そのお兄さんが「1,000円あげるよ!」とプレゼントしてきたら、「おおおおおお!やったーーー!」となるのではないでしょうか?

他にも、元々5,000円という値札が3,000円に値下げされているTシャツと、定価が3,000円で定価のまま売られているTシャツでは、その時点の売値は同じはずなのに、前者の方がお得感を感じる人が多いのではないでしょうか?

プロスペクト理論まとめ

ここまでの話をまとめると、

  • 人はゲットする時の満足よりも、同等のものを失う時のガッカリの方が大きい
  • 人は得れば得るほど、失えば失うほど鈍感になっていく
  • どれくらい得か、損かを判断する基準は状況・環境により変化させられる

という感じです。

総合的に言えるのが、理論の名称にもなっている通り、人の期待感がそれ抜きで評価した場合とは違った感覚を作るということです。同じ10,000円を得た場合でも喜び具合が違ってきたり、同じ10,000円を失った場合でも同様に悲しさが違ってくることが頻繁に起こります。

どうせなら”期待”して生きたい

さて、

プロスペクト理論が割と複雑なこともあり、ここまでの道のりが長くなってしまいましたが、今回の記事を書こうと思った理由の一つに、令和のジャパンにおいて、多くの人がワクワクを求めるより、無難に、安全に、平穏に生きようとしている様に感じるということがありました。

何度も何度も言いますが、それがあかんわけじゃないんです。

ただ、ボクが個人的にそれじゃ楽しくないのです。

だから、

なんでみんなワクワクに積極的にならないんだろーう?と考え続けていたんですよね。

そんなおり、ボクが今一番積極的に関わっているイコルバ!プロジェクトの一環としてやっている女子大生ブログで、プロスペクト理論に絡めた記事を書いた子がいて、そこにヒントを得た形で今回記事にまとめてみようと思いました。

プロスペクトとは、英語で、「期待」や「予期」を意味することは紹介済みですが、

ワクワクを諦めて(妥協して)、その代わりに安定とか、安心を得た生き方をすると、ストレスも減るだろうし、英語で言うとno hustleって感じで言いたいんですが、日本語でどんな感じで言いましょう?バタつかない?ちょっと違うかな?まあとりあえず、穏やかな波の中での航海みたいなイメージで過ごせるのかなーと思います。

でもボクはそれを求めていなくて、大嵐で船を転覆させたいわけでもないのですが、たまにやってくる嵐と戦ったり、思っていた島と違う島に上陸してしまうイベントとか、そんなことが目白押しの航海の方が楽しそうだな、って思うのです。

前編のまとめ

と言うことで、

今回の記事ではプロスペクト理論の紹介と、ワクワクは欲しいけど、リスクはできるだけ遠ざけたいという(ボクが個人的に思っている)令和のジャパンにおける多くの人の思考パターンについて書いていきました。

後編では、

このプロスペクト理論を応用して、人生にワクワクを追加するための方法や考え方について書いてみようと思います。

今回も言及した通り、リスクについては過大評価してしまっているだけで、実際の値はそこまで大きくないはずです。それでも、失うことを恐れること自体は十分理解できますし、回避したい思いもわかるので、その辺についての意識の持ち方などをボクなりに考えた結果のお話です。

少しでも、「やっぱりワクワクしたいかも」と思っていただけたらなーと思って書いているので、読んでいただいた方の何らかのヒントになればいいなと思います!

では今回の記事はここまでで!

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Leo Miyanagaを

シアトル生まれ、大阪育ち。6年前に独立・起業しましたが、コロナ禍で事業が大ダメージを受け、人生の方向転換に悪戦苦闘の日々です!とにかく、「ワクワク」に満ちた毎日を目指してできることから地道に頑張っています〜!